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アンのテディ・ベア

3・The bumpy road


 

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 実際、ロイ・フォックス・ワイエスの人生は傍目には充実していたものだっただろう。彼自身、二十歳くらいまでは、まともな人生を歩んでいるのだと思い込んでいた。それが狂ったのは、いつからだろう? のちに愛人関係になる相手との出会いは十代の頃だから、きっかけは以前からあったかもしれないが。
 その人そのものと、その娘が消えてしまうなどと、ロイには考えられもしなかった。失われると分かっていたなら、手放しはしなかった。
 自分が会社の操り人形になっていると気がつけたのは、三十手前になってやっとだった。ロイにそれを止める手立てはないと知ったのもほぼ同時だった。
 自分が自由に使える資金は多い。だが、彼には自由がない。彼一人ふらりと散歩に出かけるような時間はない。
 仮にもひとつの組織の頂点に立つものとして、自身の責任は分かっているつもりだ。しかしながら彼の地位というのは、もはやロイがどうこうしようとして動かせるようなものではなかった。ロイ・フォックス・ワイエスとはそれ自体一個人のものではなく、会社を象徴するシンボル、その他大勢のための傀儡、そして政治に関わる人間のひとりになろうとしていた――。
 自分にすべての才能があると信じるのは、十代の半ばで諦めていた。それでも自分なりに努力をして、会社のためにつくしてきたつもりだ。社のために政略結婚にも応じた。それなのに、今、ロイの会社はロイのものではなく、ロイを操る存在になり、ロイの自由を阻む敵になっていた。
「……何とかしなくては」
 どうにかして、自分自身でジョージアとアンを探し出す。選挙活動が一息ついて、やっとロイはそう思えるようになっていた。一時期は、彼女たちはもう見つからないのではないかとさえ諦めかけたが、睡眠時間が確保できるようになると、考えは変わった。人間、体調不良は気持ちを弱くさせるらしい。
 ロイは社長室の机のスイッチをひとつ押した。離れた場所の秘書と通信できるようになる。
「アルバートを呼んでくれ」
 彼がアルバート・ロックウェルを呼び出すことは、日常の延長であって特におかしなことではないはずだ。ロイは、自社の中にいる敵の存在を、もう随分と昔から知っていたつもりだった。だが、今回は以前にも増して警戒しなければならないと考えはじめている。アンの捜索がなかなか進まないのは、社内にそれを阻止する人間がいるからではないかと、彼は推測しているのだ。
 これからは秘密裏に動かなければならない。そのために本当に信用できる人間にしか頼めないことがある。アルバートは、会社の人間というよりもむしろワイエス家の人間だった。ロイの会社は、社長の座こそ世襲ではあるが、しかし親族が多く働いているわけではない。が、アルバートはロイの父の代から会社に勤めている人間で、ロイも幼い頃より彼と親交があった。アルバートは何よりロイをひとりの人間として扱ってくれる。彼なら信頼できる。何より、今ではほとんど父親のようにさえ感じている。
 これまでにも、アルバートにジョージア親子のことを頼もうと考えてはいたが、何しろお互い忙しいので、あちらの仕事を増やすのも悪いし、ロイに彼と話をする時間もなかった。もう、そうは言ってられない。
 あっという間に一年はたってしまった。もう無駄な時間はすごせない。
 頬がこけてしまったロイの青い瞳に、強い意志の光がともった。




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